掲示板の話
かれこれ十年以上前に、はじめてその掲示板(BBS)を見た時は、世の中には本当にすごい人たちが沢山いるものだと思った。まだ、ブロードバンドではなくて、電話回線を切ったりつないだりしながら見ていたと記憶している。今から考えると、システム的には、かなりソボクなつくりの掲示板だったとも記憶している。でも、そこで交わされていた議論は、今から考えても、先進的で開明的だった。議論の仕方も紳士的だった。白熱した議論が交わされていたけれども、みな正々堂々、自分の意見とは正反対の意見でも、相手の意見にはきちんと耳を貸しながらの、非常にフェアな論争だった。非常に高度な内容にもかかわらず、どシロウトの私が読んでもわかりやすい文章で書かれていて、へー、ホー、フムフムと、うなりながら読ませてもらっていた。私も活動には参加していたものの、その掲示板での議論に加わるほどの知識もなく、ただただ学ぶことの多い場所だった。
その後、家庭の事情もあって、5年間ほど活動を休んでいた。休んでいる間に、その掲示板がなくなっていた。
半年ほど前、新しい掲示板があることに気づいた。私が気づいたのが半年前なだけで、実際には数年前からあったようだ。でも、私の記憶に残っている掲示板とは、全く異なる掲示板だった。数人が、重箱の隅をつつくような不満事を、くり返しくり返し投稿していた。そんなに不満なら、そこを去ればいいのにと思うのに、そこに居座るのは何故? 一体全体、私が休んでいた間に、何があったのだろう?
管理者側からすれば、やりにくさも不快感もあるだろうに、それでもその掲示板を公式なものとして公開し続ける姿勢のフェアさに感心する。ほんの時たま、新顔さんが現れて、目からウロコが落ちるような考え方や意見を書き込むことがあるので、そういうカキコミを見た時は、溜飲が下がるし、掲示板の存在意義を、少しだけ感じる。
別のある掲示板で、「ピーッと試合終了の笛を聞いたから、撤退する」と言って、去っていった人がいた。やめようと思った理由は理解できたし、そのいさぎよさに感服したけれども、実はその時には、その感覚はピンときていなかった。ただ、上手い表現だなと、頭の片隅に焼き付けただけだった。
それから一年以上も経って、その人とは理由もタイミングも違うけれども、私も笛の音を聞いた。本当に、ノーサイドの笛の音が突然頭の中で高らかに鳴った。こういうことかという実感とともに、撤退を決めた。
先の掲示板でエンエンと不満をつぶやき続けている人たちにも、笛の音を聞く日は訪れるのだろうか?
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