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ファンクラブ加入の意義

ファンクラブに入っていることの意義は何だろう?と、最近時々思う。
私が今入っているファンクラブは、いずれも最初は「チケットがとりやすいから」という理由での加入だった。
もちろん、好きだからという理由もあるけれども、加入時にはファンクラブ会員としての特典のうち、「チケットのとりやすさ」以外は目に入っていなかったので、数年前にシウォンくんのファンクラブに入った時、更新の度にグッズがもらえたり、本人からのコメントの映像が見れたり、予想外のおいしい特典が沢山あって、なんだか新鮮でトクした気持ちになった。
前から加入していた、別のファンクラブと比べても、破格のサービスだと思った。
HPには、ファン同士が交流できるBBSなどもあって、熱心にカキコミする人もいるし、ハングルに詳しい人が韓国の最新の情報を日本語にしてカキコミしてくれたりして、一人で応援していた時よりも、いろいろなことを知ることができた。そういうことにも感動したし、ファンクラブに入ってよかったと思った。

でも。
同じ「好き」でも、温度差はあるし、考え方や物事の捉え方が違う人もいる。
私が「すごいサービス」と思ったことでも、「そんなのあたりまえ」で「ぜんぜん足りない」と思っている人がいることは、ある意味ショックだった。
一度、満たしてしまったレベルは、次の時はキープするか越えるかしない限り「すごい」とは思ってもらえないのだから、少しでも力を抜いたり、やったことが空振りしたりすると、モンクが出てくるものらしい。
人間なのだから、できることには限界がある。
そして、欲望は果てしなくふくらみ続けていくようだから、どこまでもそれを満たし続けていくことは不可能だ。

最近、「もらうことがあたりまえ」で「満足することを知らない」人たちのカキコミを読むのが怖い。
少し前までは、あえてそういうカキコミに、「今もらっているもので満足している人もいますよ」というようなレスを(意見のバランスをとるために)つけたりしていたけれども、最近はそれをするのにも、かなりの勇気や気力が要る。
中には、自分の「好き」という気持ちに、冷や水をあびせられるような気持ちになるものがあるけれども、同じ人を好きな人のカキコミを読んで、何故このような気持ちにさせられるのかが不思議だし、そんな気持ちになるのなら、カキコミを読む意味も、BBSで語り合う意味もない。

幸い、言葉の壁があって、伝わるまでにワンクッションがあるシウォンくん本人は、ダイレクトにこれらの要望を受けることはないとは思うけれども、万が一伝わったとしても、くれぐれもファンの勝手な希望のすべてを満たそうと思わないで欲しい。
欲望の階段をどんどん登るファンは、「初心を忘れた」「変わった」と言うかもしれないけれども、それは見る方の目の高さが変わってしまったためにそう見えることもあるわけだし、両者の進む速度や方向が違ってしまえば、どうあらがおうとも、いずれ別れることになるのだから、離れていく人を引き止めようとするのも、ムダなことのように思える。
BDパーティーも、無限に拡大していくことはできないのだから、オマケがなくても一緒に「誕生日」を祝いたいファンと、こじんまりとアットホームに祝う方向に転換していってもよいのではないかと思う。

ファンとしては、自分たちの存在が心を温めるものでありたいと思うし、心の負担にはなりたくない。
そして、ファン同士の間でも、お互いの存在が心暖まるものでありたいと思うし、そうでなければファンクラブに加入する意味がないと思うのだけれども。

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